2006-09-24

スパイいろいろ/カート・ヴォネガット『母なる夜』と、とあるニュースに関連して

Good evening. ようやく秋到来かな。

さて、今晩気になったニュースはこれ。

◎敵国の友人救ったジャーナリストスパイ死す - ベトナム/AFP通信
http://www.afpbb.com/article/920217

件の人物はPham Xuan An氏。ムリヤリ仮名読みすると「ファン・クァン・アン」氏、ってところかな。昼間は『タイムTime』誌のサイゴン特派員、夜は北ベトナムのスパイとして活動していたという人。こう聞くと、二重スパイか?……などと思ったりもするのだけれど、タイムの特派員だったのはちゃんと特派員だったわけで、するとアメリカ向けの情報は業務として正々堂々と送ればいいわけだから、二重スパイというわけではないのかな、などと思ったりもする。しかし、米傀儡ゴ・ディン・ディエムNgo Dinh Diem首相の諜報機関にいたことを考え合わせると、やっぱり一時的にせよ二重スパイ状態だったことはあったのかな、とも思えるわけで、ちょっとややこしい記述だなというのがこの記事を読んだ感想。

二重スパイというと、僕が思い出すのはカート・ヴォネガット『母なる夜』のハワード・B・キャンベル・ジュニア。(以下、あらすじを記述。ネタバレを嫌う人は本パラグラフを読み飛ばされたし。)彼が活躍したのは第二次大戦中のドイツで、表向きはドイツ向けのナチスよいしょ放送の原稿を書いていた煽動ファシストだが、同時に暗号で米側に独軍側の情報を流すこともしていた、バリバリの二重スパイだ。活動としてやっていることのヤバさがそれぞれ半端でなく、ハワードは分裂した人格を構成することなしにはこの境遇に堪えられなかった。戦後彼はニューヨークに滞在するが、かつての恋人の妹が現れたあたりになってから次第にアイデンティティの基盤をひとつひとつ奪われていき、ついには破滅してしまう。

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それに較べるとAn氏の場合、すくなくとも記事から伺える限りでは、そういった種類の悲惨さを感じさせない。


『私は一度も、誰にも嘘をついたことがない。タイム誌にもホーチミンにも同一の政治情勢分析を提出していたからね』(記事より)


もちろんAn氏はベトナム戦争期のスパイだったわけで、それなりに人死にに関わることもやってきたはずだが、仕事の内容自体はジャーナリズム活動という範疇で把握しきれる、ごく地味なものだったのだろう。その仕事が利する陣営はその都度分裂していても、やっていること自体は客観的な政治情勢分析だから、割り切ることもできたのか。たしかに、政治情勢分析という「商品づくり」を我が役割と割り切ったうえで、たまたま客が敵味方と両方にいただけ、という風に考えられたなら、悲惨な戦場でもなんとか自我を支えきれるのかもしれない。といっても、所詮は「搾取する側」の国民の、勝手きわまる想像に過ぎないけれど。

ともあれ、ベトナム終戦後はかえって不自由を強いられてきたAn氏は79歳で天寿を全うし、2006年9月20日に逝去した。

じゃあ、今宵はこれだけ。Good night.

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